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6人の女たち_#Vol.04 割りを食う女

2017.06.25
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PLSTのお客様を主人公としたフォトノベル。様々な境遇の女性たちが、悩みや葛藤を抱えながらも前向きに明るい一歩を踏み出すストーリーを全6回でお届け。今回の主人公は電気メーカー広報部勤務33歳の女性です。

割りを食う女_電気メーカー広報部・綾子33歳のストーリー

「頼むよ、浦部ちゃん。明日までになんとか」

体育会系で営業出身の上司は、やる気と労働時間は比例すると考えるタイプの男だった。定時などあってないようなもので、社会風潮的にもうこんなのは時代じゃないのに、上司から頭を下げられては、断るわけにもいかない。

「はぁ…わかりました。」

時計を見ると定時の18時を過ぎていた。頑張れば無理ではない。だけど、その皺寄せは…
綾子は、席に戻って携帯を手にすると、LINEの一番上に表示されていた男にメッセージを送信した。

「今日仕事で無理になりました。ドタキャンになってしまってごめんなさい。」

有楽町にある電気メーカーの広報部に勤務している綾子は、くっきりとした目鼻立ちに長い睫毛が印象的ななかなかの美人だ。栗色の髪に艶やかなウェーブがかかり女らしさを漂わせ、顔は麻生久美子に似ているともっぱらの評判である。

そんな綾子が33歳になっても未だ独身なのは、仕事優先になりがちなライフスタイルにある。

誰かに頼られれば、その人のために全力で助けになりたいと思うのは、綾子の美徳でもあるのだが、その性格が災いして昔から損な役回りを引き受けがちだ。
青山の大学に通っていた時には、デートに忙しくほとんど講義に出ていなかった友人から、レポート提出前日に泣きつかれ、なぜか綾子が代わりに仕上げる羽目になったり(それが見つかって綾子も教授に怒られた)、社会人になってからも、明日までに仕上げないといけないとパニックになっている後輩のエクセル集計を買って出て、後輩を先に帰したりもした。(その日は結局深夜0時過ぎまでかかり、翌日寝坊して遅刻をした)

綾子にとって仕事は、責任感、というほどの大それたものではなく、自分を頼ってくれた人の期待に応えたいという小さな使命感であった。

会社の後輩たちは、就業時間が終わるや「お疲れさまですー」と、甘い香水を漂わせ、さながら華麗な蝶のように、ひらりとオフィスから飛んでいく。
いつの間に直したのかと思うほどの完成されたメイクと、計算し尽くされたゆるい巻き髪(トイレのロッカーには、誰のものかわからないコテが何本も置いてある)、オフィスの蛍光灯の寒々しい光の下でも、シワはおろかくすみもクマも見つけられないほどの潤いを湛えた艶やかな肌。

その若さをもってしても「早く彼氏見つけないとやばいんです。」と嘆いては、仕事もそこそこに、日夜合コンやデートに繰り出す彼女たちを、遠い目で見つめながら、「だったら、自分は一体全体どのくらいやばいのだろう…」と苦笑いするしかない。

「私ばっかり割りを食ってるな…」という思いは無いと言えば嘘になるが、それでも、頼まれた人から「ありがとう」と笑顔で言われたら、「まぁいっか」という気持ちになってしまうのは、綾子の育ちの良さからくるのかもしれない。

綾子は、神戸にあるクリニックを営む父親と専業主婦の母親の一人娘として育った。当時にしては、年老いてからできた一人娘だったのだろう。両親は、厳しいながらも、愛情いっぱいに、綾子の希望を可能な限り尊重しようとしてくれた。西宮にある女子校を卒業したのち、東京に行きたいと言う綾子を、心配しながらも快く送り出してくれた。

あれから14年。同世代の友人たちと比べても、随分と白髪の分量が多い両親だが、その白髪の進行スピードを加速させている一因が自分だということを認識するたびに、綾子は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「綾子も、もう33歳だなんてねぇ。」

会社から有楽町駅までの5分程度の道のりを、母親と電話をするのが綾子の日課となっているが、最近では、あ、と言えば、うんと言うように、年齢の話題が出れば次は決まって結婚か、恋人の有無の質問が飛んでくる。

「誰かいい人いないの?」

— ほら、来た・・・—

綾子のことを気遣って努めて明るい調子で聞いてくるが、今年64歳になる母親にとって、未婚である自分が心のトゲになっていることぐらい分かっている。しかし、こればっかりは、期待に応えたくても、綾子一人ではどうにかなる話ではない。

「うーん。そうねぇ・・・」

何か浮いた話が無かったものか頭の中を逆さにして振ってみても、つい先ほどドタキャンしたデート相手の男以外浮かんでこない。(その男にいたっても、LINEは既読になったまま、返事は途絶えてしまった。)

「でも、毎日楽しいから心配しないで。」

その言葉の無意味さをわかっているだけに綾子も辛いが、ホームに電車が滑り込んでくると逃げるように電話を切った。電車が入ってくると同時に、生暖かい春の風がホームを通り過ぎていく。

「浦部ちゃん、昨日は助かったよー!部長もレポート大絶賛だったよ。本当ありがとう!」

翌朝、綾子を見つけるなり、上司が駆け寄ってきた。

息が少し酒臭い。そういえば、昨夜は会食だと言っていたことを思い出した。自分がデートをキャンセルしなかったら、きっと彼は会食終わりで会社に戻ってこなくてはいけなかったのだろう。少しでも誰かの役に立てたのだと思うと、昨日の母親との電話で小さく開いた心の隙間にぴたりとピースがはまり満たされていく。

「いえ。また何かあったら、遠慮なく言ってください。」

綾子は、上司に向かってにっこりと微笑んだ。



その日珍しく上司が気を遣って、昨日遅かったのだから、と綾子に定時での帰宅を促した。帰れと言われても、特段予定もないのだから、今月末に提出予定の企画書を少しでも進めたかった。

しかし、上司に加勢した後輩の巻き髪の女の子の言葉に面食らう。

「浦部センパイ、いつも頑張りすぎなんですよぉ。その企画書用の資料、私集めておくんで、たまには早く帰って休んでください。」

咎めたことはないが日頃合コンにデートにと早めに帰宅する罪悪感があるのだろうか?それとも、純粋に綾子を心配してくれたのだろうか?定時に帰宅する彼女が私の分をやってくれるなんて珍しいこともあるものだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

綾子は素直に、その好意に甘えることにした。時計が18時になると、上司と後輩や同僚に、追い出されるようにして会社を後にした。

外に出ると、まだ明るい。

久しく、真っ暗になって酒の匂いが漂う有楽町しか見ていない気がするが、日に日に、日が長くなっているのだ。こんな明るい時間に歩いているなんて、すごく贅沢で、ちょっぴり後ろめたい。

はて、何をしていいものか、と一瞬迷ったが、せっかくだから春物の洋服でも見ようと思い立ち、有楽町マルイ4Fの『PLST』へ立ち寄った。『PLST』は、オフィスカジュアルから、フォーマルなシーンで使えるワンピースまで、働く女性にとって嬉しいアイテムが揃っている。社会人になってから、最もよく利用しているブランドかもしれない。

店内は、春を通り越して、既に夏物もディスプレイされていた。赤やピンク、ブルーにイエローと、鮮やかな色のアイテムは見ているだけで気持ちが華やぐ。綾子はそれらの華やかなアイテムを横目で見ながらも、オフィスにぴったりなアイスグレーのノーカラージャケットを手に取った。ストレッチが効いていて、デスクワークでも肩が凝らなそうだ。

試着しようかと悩んでいると、20代前半と思しき女の子4人の集団が店に入ってきた。これから合コンなのか、皆ばっちりとしたメイクを施して、きゃっきゃっと浮足立っている。その華やかさと可愛らしさが眩しくて、綾子はなぜかジャケットを棚に戻し目を伏せた。


「何で今日こんなカッコしてきちゃったんだろう。もっと可愛い服着てくればよかった。」

その中の1人は、今日着てきた服が気に入らないらしく、合コン用に何かを買おうとしているらしい。残りの女の子たちは、いくつかのアイテムを勧めては、その子の顔にあてがっている。

「あー、これ雑誌に載ってたやつだ!」

先ほど綾子が手に取ったアイスグレーのノーカラージャケットが、一人の女の子の手に取られた。お、と思って、綾子は女の子の反応を見るとはなしに横目で伺った。

「うーん。こういう辛口のジャケット素敵だけど、男ウケを考えると今日は封印かな。」

確かにーと一層高い無邪気な声で女の子たちが笑いあうと、そのジャケットは速やかに元の場所に戻された。結局女の子は、ウエストにリボンベルトの付いたライトピンクのワンピースを手に取り、試着室に入っていった。

—男ウケを考えると封印・・・か。—

綾子は、ラックに戻されたアイスグレーのノーカラージャケットを再度手に取りしばらく見つめながら、若い女の子たちのようにデートや出会いの機会さえつかめないでいる自分に苦笑いをする。

それでも、と綾子は思う。

自分のことを頼ってくれる人の気持ちに応えたいし、その人たちの気持ちを蹴ってまで、結婚したいとはどうしても思えないのだった。綾子は何かを吹っ切るように首を振ると、そのジャケットをレジに持っていった。

仕事に真面目なことは悪いことではない。不器用で容量が悪い自分に呆れながらも、綾子は、そんな自分を誇りに思っている。

だけど・・・・

「あ、ちょっと待ってください。」

ジャケットを丁寧に折りたたむ店員を制して、綾子は売り場へと走る。先ほど若い女の子たちが購入していったライトピンクのワンピースを一枚棚から取ると急いでレジに戻った。

「これも…お願いします。」

不器用で容量が悪い自分はすぐには変えられない。後輩の女の子たちのように仕事を残してデートに合コンに行くことも真面目すぎる性格が許さないかもしれない。

それでも。

—これからは、もう少し肩の力を抜いてみるのもいいのかもしれない。—

「こちらのワンピース、お客様のお肌の色によくお似合いだと思いますよ。」

綾子は、少し頬を赤らめながら店員に向かって微笑んだ。


Photo:@sugar25
Text:yukiko sakashita
Model:@yoshirisaa
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