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6人の女たち_#Vol.05 内定がとれない女

2017.07.09
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PLSTのお客様を主人公としたフォトノベル。様々な境遇の女性たちが、悩みや葛藤を抱えながらも前向きに明るい一歩を踏み出すストーリーを全6回でお届け。今回の主人公は都内大学4年生・22歳の女性です。

内定がとれない女_都内大学4年生・陽奈22歳のストーリー

—今年の夏は、どんな夏になるんだろう。—

陽奈(ひな)は、店に入ると、レジを通り越して2階に上がる。今日は運よく、窓側の席がひとつだけ空いていたので、陽奈は急いで席を確保した。早稲田通りが見下ろせるスターバックスは、いつも近隣の大学に通う学生やサラリーマン、外国人で賑わっており、地下1階から2階まであるにも関わらず、座れないことも多い。

真っ黒で飾り気も何もない真四角のビジネスバッグを席に置くと、財布だけを取り出して再度1Fのレジに降りた。

「チョコレート ケーキ トップ フラペチーノ、トールサイズで。牛乳は無脂肪に変えてください。」

お決まりのロゴマークが施された透明なカップに、ひんやり冷たいフラペチーノとチョコケーキ、生クリームが贅沢に盛り付けられている。席に腰をおろすと、陽奈は、少し太めの専用ストローでまずはこのクリームを掬うと口に含んだ。甘いクリームが口の中で溶けて、体中の疲れに染み渡れば、先ほどまでの鉛のような重い疲れはあっという間に溶けてなくなる。

一息ついたところで、周りを見渡すと、陽奈と同じような格好をした学生がちらほらと散見された。

黒のリクルートスーツに、ヌードベージュのストッキング、つや消しのマットな革のローヒールのローファー。カラスの羽のような真っ黒な髪の毛。

—みんな、面接うまくいっているのかな・・・—

陽奈は、現在就職活動真っ只中の大学4年生だ。故郷の金沢から大学進学を機に上京し、高田馬場にある大学の商学部に通っている。就活の解禁は3月、選考開始が8月になり、実質大学3年生から激しい就職活動が始まる。
景気が回復して、大卒の就職内定率は、90%を超え、2000年以降最も高くなったと言われているが、そんなのどこの国の話だろうと思う。

いや、と陽奈は首を振る。

どこの国でもなく紛れもなく我が国で、実際に同じサークルの友人たちのほとんどが2,3個、多い人は10個以上内定を貰っていると聞く。一方の陽奈はといえば、内定の1つすら貰えていない。

去年の今頃は、さくっと就職活動は終わると楽観視し比較的安いリクルートスーツを購入していた。まさかここまで長引くとは。1年着倒したスーツは、スカートのお尻のあたりが摩擦で少しテカってきている。

内定格差がここまで顕著なのは、陽奈のポテンシャルもさることながら、妥協しきれない夢にあった。

陽奈は、物心ついたときからお化粧が大好きな女の子だった。テレビから流れるCMの女優さんの肌の美しさ、唇の艶かしいツヤ、瞬きする度にキラキラと効果音が出そうな長い睫毛。そういったものに釘付けだった。

少ないお小遣いを貯めて初めて買ったグロスは、とろりとした極上の飴のようで、光に透かして見ると7色の虹を閉じ込めたようなラメがスティックの中できらめいていた。唇に乗せると甘い香りがふんわりと鼻腔をくすぐる。鏡をのぞくと、先ほどとは別人のように色っぽい女の子がいて、陽奈は、化粧品が持つ魅力にどんどん魅せられていった。
女性を幸せな気持ちにさせることのできる魔法のような化粧品に携わりたい。そして、化粧を初めてした時のあの恋にも似たときめきを、大人になっても感じ続けてもらえるような商品を陽奈の手で手がけてみたい。

そんな陽奈が、化粧品メーカーを第一希望に据えるのは当然のことだが、陽奈の場合、化粧品メーカー”しか”受けなかったのだ。

子供の頃から描いていた未来は必ず叶うと無邪気に信じていたが現実はシビアだ。化粧品企業の競争倍率は高く内定は狭き門だった。叩けど叩けど門の内側からお呼びはかからなかった。

残りのフラペチーノを飲み干すと、窓の外をみた。東京の空は、雲ひとつない青空で、まだ5月だというのに、スーツの下はうっすらと汗ばんでいる。遮る雲なき開放感に、ここぞとばかりに太陽は我が物顔で地中を照らしている。

陽奈の心は空の青さと対照的にどんよりとした雲で覆われている。

母が金沢からやってきたのは、5月中旬のことだった。2015年に開通した北陸新幹線に「乗ってみたい」と修学旅行の女学生のように浮かれてみせる母親だが、東京に来る目的は察しがつく。

この前電話で「行きたい会社からは求められていないみたい」と思わず涙した、弱気な娘の様子を見に来るのだろう。

新宿東口のアルタ前で待ち合わせをした。金沢から出てきた母がたどり着けるか心配だったので、会社説明会を受けたリクルートスーツのまま、5分前に着くようにと早めに向かったが、心配は無用だったらしい。横断歩道の向こう側には既に、懐かしい母の姿があった。

「あまりにも混んでて、今日はお祭りをやってるのかと思ったわ。」

地方から出てきた人お決まりのセリフを言う母の笑顔を見て、涙腺が緩みそうになる。メンタル的に相当弱っているのだろう。

「ちょっとお茶でもしない?高野フルーツパーラーのあまおうパフェ食べたいな。」

気を抜くとこぼれてしまいそうな涙を隠すため、陽奈は挨拶もそこそこに前を向いて雑踏の中を歩き始めた。母は、目に映るビルやら人やらについて、「今の子、鼻にすごいピアスがあったわよ」とか「母さんが住むならあのビルがいいな」とか、妙なテンションで独りツッコミを入れながら後ろから付いてきた。陽奈の元気のなさを埋めようとしていつも以上に明るい母が痛くて、鼻がつんとした。

フルーツパーラーは女性客で賑わっていて、オーダーしてもなかなかパフェはやってこなかった。

その間、口を開けば弱音と愚痴ばかりになりそうで、母がいるのに陽奈はスマートフォンに逃避する。Instagramを覗くと、ちょうど同じゼミの女の子が沖縄の海をバックにジャンプをしている写真が目に飛び込んできた。彼女は確か、既に第一志望の外資系のホテルに内定を貰っていたっけ。白い砂浜に眩しいほどのコバルトブルーの海。アッシュブラウンの髪の毛に、真っ赤な水着は、悔しいほどに太陽が似合う。

憧れの業界、希望の未来を掌に収めて、残り少ない大学生活を満喫している友人。
それと比べて、生地がすり減ったスカートをはいて、太陽に蒸されたべージュのストッキングとカラスのような髪の毛で東京を這いずり回っている自分。終わりの見えない就職活動に疲れ、夢見た未来を諦め、現実と折り合いをつけなければいけない日がくるのかもしれない。

しばらくして、やっとパフェが運ばれてきた。
陽奈は大ぶりの苺がふんだんに使われたパフェ、母親は、贅沢なマスクメロンのパフェだ。

柄の長いスプーンで一口食べて喉が詰まった。

1年間頑張ってきたのに、どこからも内定を貰えない自分が、社会から用無しと烙印を押されているようで、その惨めさに、堪えていた涙がポロポロと溢れてきた。

母は、持っていたスプーンを置くと、陽奈の涙が止まるのを、何も言わずにじっと待っていた。パフェが盛られた器の中で、アイスクリームはとろとろに溶け、小さな湖に苺がぷかぷかと浮かんでいた。

「気分転換に、買い物でもしない?陽奈のよくいくお店どこなの?」

会計を済ませると母は、靖国通りを歩き始めた。泣いた目の奥がじんわりと熱を帯びている。

「買い物最近はしてないけど・・・」

最近は、リクルートスーツばかりで買い物なんてご無沙汰だ。新しい服を買っても、着る機会がなければ自分が尚更惨めになるだけだとファッション売り場を避けていた気がする。
伊勢丹から明治通りをはさんで斜め横にある『PLST』は、陽奈が、時々訪れるお店だ。2階層の路面店で、『PLST』でもっとも広い店舗らしく、インポート商品や雑貨も多い。華やかなOL さん向けのファッションブランドというイメージで、白いジャケットや、サックスブルーのセットアップなど憧れの化粧品会社で働く女性がそのまま着ていそうなアイテムに胸が高鳴る。描いていた未来の自分はこういう都会的なファッションに身を包み、打ち合わせや会議をして忙しそうに働いていたのだが、真っ黒のリクルートスーツで毎日を過ごす今の陽奈にとっては、手の届かない世界のように感じる。

手を触れることも憚られて、店内をぶらりと見ていると、店員さんに声をかけられた。20代後半と思しき落ち着いた雰囲気の女性だった。

「就職活動中ですか?」

「はい。うちの娘、化粧品業界を志望しているんです。」

隣にいた母が陽奈の代わりに意気揚々と答える。

—志望しているだけで内定なんて一つもないのに。—

陽奈の顔がみるみる赤くなる。

「そうですか。それでしたら、こちらとかいかがですか?」

店員は、サックスブルーのシャツを勧めてきた。

就職活動では、真っ黒のリクルートスーツに、真っ白のシャツと相場は決まっている。陽奈の訝しげな視線に気付いたのか店員はにっこりと笑った。
「女性を明るく美しく見せる化粧品業界でしたら、まずはお客様が一番魅力的に見える洋服を選ぶべきだと思います。こちらのライトベージュのセットアップでしたら、お客様のお顔がぱっと華やぎますよ。」

店員は続けた。

「最近では、マスコミや化粧品、IT業界を志望される方なんか、固定観念にとらわれず自分の個性を最大限発揮できる服を選ぶ学生さんが多いですよ。」

確かに、化粧品業界の説明会にいくと、白のスーツを着た子や、明るい色のシャツを着ている子もちらほらいる。就職活動中なのに外見を着飾ることに力を注いでいるなんて、と陽奈は少しバカにしていた。しかし、陽奈は、失敗を極度に恐れるあまり、自分を魅力的に見せることを忘れ、平凡で平均的であることに意識がいっていたのかもしれない。

陽奈は、早速、店員が勧めたライトベージュのセットアップを試着し、鏡を覗いてみた。
みるみる表情が明るくなって、雨上がりの空のように光を放った。

「陽奈のその笑顔がなきゃ受かるものも受からないわよ。」

目を細めて母は笑った。

買ったばかりのジャケットとパンツを家に帰って身につけ、鏡の前に立ってみる。なかなか悪くない鏡の中の自分に向かって、最高の笑顔を作って明日の面接の練習を始めた。


Photo:@gnta
Model:@suzuno_sakon
Text:yukiko sakashita
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