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LIFE

#川崎貴子の人生相談

連載直前インタビュー/女が崇める女、川崎貴子さんってどんな人?

2018.07.16

1万人以上の女性の人生をマネジメントしてきた、人材コンサルティング会社経営者の川崎貴子さん。「働く女性の成功・成長・幸せのサポート」を理念に掲げる彼女の元には、キャリアだけでなく恋愛や結婚など悩みを抱える多くの子羊たちが、今日も相談に押し寄せます。その川崎貴子さんが、PLSTマガジンで待望の連載をスタート!まずは2回にわたって、彼女の素顔をご紹介。起業、結婚、出産、離婚、再婚、そして乳がん。試練というべき荒波を幾度と乗り越えてきた川崎さんの人生を紐解きます。

 1.ジョヤンテ設立
 2.結婚
 3.長女出産
 4.離婚
 5.再婚
 6.リーマンショックで色々失う
 7.元夫の突然死
 8.第二子出産
 9.乳がん発覚
10.フォトスタジオ「コノジ」立ち上げ

好きな人から全くモテなかった少女時代。自己形成は、すでにその時始まっていた

「正直、子供の頃、同級生にモテた試しがないんです。教頭先生に告白されたことはあったけど(笑)。だから『自分は好きな人にはモテない』ってずっと思ってきたんですよね。今振り返ると、幼い頃から『自己責任』というものに強く憧れを抱いていて、同世代に気に入られるような可愛げがなかったのかな、と思います。

そんな私の反面教師となったのは母でした。彼女はエネルギーが強い女性なのに、すぐ不安になるから、外に答えを見つけては依存してしまうタイプ。でも結局、自分の軸がないからそれらに振り回されてしまって。そんな姿を見ているうちに、自分は誰かのせいにしたくない、という思いが強くなり、『自分がピンチの時も、それは自己責任!』というのがマイルールとして根づいたんだと思います。それは大人になっても変わらず、誰かのルールの下で働きたくないという意思から、『起業』という選択に至ったんだと思います」

25歳で起業。業績を伸ばす日々から一転、まさかの借金取り立ての毎日に…

「学生の頃、議員会館でアルバイトをしたことがあって。若いのに国会議員と渡りあう起業家たちを見ていると、『交渉力や営業力を磨いたら社長になれるかも』思いました。ところが当時は就職氷河期。女性=事務や一般職という風潮で、営業させてもらえる総合職は遠い存在。そこで女性でも営業をやらせてもらえる会社を探すうちに、人材派遣のベンチャー企業に出会いました。最初は事務採用でしたが、一年間言い続けたら営業に異動でき、4年勤めて交渉力・営業力を磨いたところで、25歳の時に女性に特化した人材紹介業を起業したんです。

最初は業績順調で、『上場狙っちゃう!?』なんて言っていたんですが、しばらくして証券会社が破綻したり、銀行が次々と潰れ、安定というものはないなと感じ始めました。それなら、女性だから派遣社員でいいという考えではなく、もっと自分だけのキャリアを見つけて、その時々のライフステージに合わせて派遣社員がいいのか、正社員がいいのかを自ら選択していける仕組みを作ろうと、次のステップに踏み切ったんです。

それが当たって『ここから会社が大きくなっていくかな』という矢先、リーマンショックが到来しました。毎日取引先が倒産し、銀行が会社や自宅にまで来て『金返せ』と取り立ててくる。社員が状況を慮って自主的に辞めたり、抱えていたスタッフたちを資金繰りができる派遣会社に紹介したり。それは本当に大変な時期でした」

暗黒の30代。仕事だけでなくプライベートでも試練の波が次々と

「さらにそれと並行して、プライベートでも試練が続きました。元夫とは、起業家の勉強会で会った創業経営者同士。私が代表取締役って言うと、さ〜っと男性が引いていく中で、彼も同じベンチャー系経営者だったので気軽に交流ができたんです。そのうち今の長女がお腹にできて結婚することになったものの、正直、私は結婚の意味がよくわからなかった。それでも、お腹の子には結婚制度に則ったほうが有利なんじゃないか、ということで、籍を入れたんですよね。そんな感じでスタートした気の荒い、独自路線同士だから、それぞれデコとボコがわかっていなくて、ぶつかり合いまくり、結果1年で別れることになりました。

ただ、長女に対してはめちゃめちゃ負い目があって。公園で他の子がお父さんに肩車されているのを見ては、寂しい思いをしているかな…とか。本人は気にしてないかもしれないのに私が勝手に感じちゃったり。だから、離婚をした後も、彼女にお父さんを作ってあげたいとは思い続けていました」

「そんな中、今の夫にたまたま飲み会で会いました。『コンテンポラリーダンサー』という横文字の職業は1ミリも意味がわからなかったけど、縦社会に興味を示さず、週に1回程度しか仕事がなく、あとは家に居てストレッチをしたい、と言う。『ちょっとじゃあ、電話番号教えて』と、自分から聞き出しました。それから、娘に初対面で会わせたとき、肩車をしてくれたんです。『キミいいね!子育てやってみようか!』というノリで、自然と再婚へと導かれました。

ただ扶養家族(夫)が一人増えたにも関わらず、会社は再びどんどんダメになっていきました。その間は3年間毎朝『こんなことで負けてたまるか』と自分に言い聞かせていました。でもいよいよダメかなと思った時、元夫が私のピンチは娘のピンチと思ったらしく、俺の人脈も使って早く立て直そうぜ、と言ってきてくれたんです。そしてようやく仕事が動き始めた途端、その元夫が突然死してしまって…。なんかもう、自分が動くと何もいいことがない。元夫の死も、離婚したから?娘と引き離したから?私が再婚したから?と、全部自分のせいに思い、一人で苦しみました。30代の厄年っぷりは半端なかったですね」

行き当たりばったりで軌道修正していく、その「サバイブ力」がメンタルを救う

「暗黒の30代。もう何をもがいても変わらないので、とにかく目先のことにとらわれず長いスパンで考えてやっていこうと決めました。そうしたら、少しずつ輪が広がり始めたんです。そして一家の大黒柱として働いていた40歳、今の夫との間に次女が誕生。すると、あれよあれよと出会う人、やる事業、全部が好転してきたんです。

振り返ってみると自分を救ったのは、柔軟に思考を変えていく『サバイブ力』だったかなと。女性は、仕事ができたり頭が良い人ほど、大変なことを一人でこなそうとするんですよ。ちゃんとこれが終わってから、ちゃんとこの仕事が綺麗に出来たら、このプロジェクトが完了したら…。でもね、そんな時って一生来ないんです。行き当たりばったりで軌道修正していく、一人でキャパオーバーする時は誰かに頼る。自分の生き方を決めつけない『サバイブ力』を作った方が、メンタルが救われると思うんです。

サバイブ力は、若いうちからいろんな経験を自主的に重ね、失敗を繰り返す中で結実するはずです。会社も世間も、待っているだけじゃ絶対に自分を幸せにしてはくれない。多少迷惑をかけても挫折をしても、自分で掴みとっていくしかないんですよ。自分から立候補したり、間違ってもいいから、手を挙げて『私にやらせてください!』と言えるスキルを身につけないと。『あの人なんか図々しいよね』と言われるぐらいの肝が必要なのです」

>>Vol.2はこちら

PLSTmagazineで待望の連載がスタート!

7月31日*にリニューアルするPLSTmagazineにて、川崎貴子さんの連載コーナー「頼れる女上司がお悩み解決!」をスタート。悩める女性たちの背中をひと押し!(*予定)

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リントス株式会社代表。
人材派遣会社勤務を経て、1997年に働く女性をサポートするための人材コンサルティング会社(株)ジョヤンテを設立。株式会社ninoya取締役を兼任し、働く女性の結婚サイト「キャリ婚」を運営する一方で、2017年3月「働く女性に成功と幸せを」をコンセプトに、リントス株式会社を設立。「女性マネージメントのプロ」との異名を取る。さらに2018年、家族の絆を強くする貸し切りタイプの写真館スタジオコノジをオープン。13歳と6歳の娘を持つワーキングマザーでもある。著書も多数。

Photo&Movie:Takuji Onda
Text:Yuki Miyahara
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